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福岡高等裁判所 昭和50年(ラ)99号 決定 1976年11月01日

抗告人 池尻喜八(仮名)

相手方 森本ヨシエ(仮名)

主文

原審判をつぎのとおり変更する。

抗告人は相手方に対し、財産分与として、原審判別紙目録29記載の土地を分与せよ。

理由

一  抗告人は、原審判の取消しおよび相当の裁判を求めたが、抗告理由は別紙のとおりである。

二  抗告理由一について

抗告人が昭和二六年ごろ実父死亡による相続によつて得た現金が、抗告人と相手方夫婦が最初に入手した大分市○○×××番地の畑四〇歩および同地上の建物の購入資金の一部になつたこと、右建物での△△△小売業が、その後の財産形成の要因になつたことは原審判も認定するところであり、原審判が右事実を本件財産分与額判定の一資料としてこれをしんしやくしていることも、判文上明らかである。したがつて、そのしんしやくがなされていないとする抗告人の主張は理由がない。

三  抗告理由二について

原審判が相手方の財産形成への寄与の割合を不当に高く評価しているということはできず、右の点について原審判の判断にも抗告人主張のような違法のかどはない。

四  抗告理由三、四について

本件のように離婚後に財産分与請求のなされた場合には、分与の対象となる共同財産の範囲は別居ないし離婚時ではなく、その後の変動も考慮に入れ、右変動を来した理由もしんしやくして分与額を定めるべきものと解するのが相当であることは抗告人主張のとおりである。然るに、原審判は別居時の財産を基準とし、その後抗告人が処分した財産については、処分するに至つた事情を一切考慮に入れず、抗告人が右処分によつて得た対価をそのまま保有するものとみなして、その一定の割合の金員を相手方に対して支払うことを命じており、右の点に関する原審判の判断は違法といわざるを得ない。

五  抗告理由五について

原審判が、不当に重く、本件離婚に件う慰謝および離婚後の相手方の扶養的配慮をしているとの抗告人の主張も理由がない。

六  そこで、右四の点も考慮に入れて、分与額につき検討する。

(一)  抗告人と相手方との婚姻生活の実情、財産蓄積の経過およびこれに対する双方の寄与の程度、協議離婚をするに至つたいきさつおよび別居時の共同財産の種類、範囲、離婚後の異動状況ならびに現在の相手方の生活状態についての当裁判所の認定はつぎの点を付加する外は原審判のそれと同一であるから右部分(原審判二丁表八段目から五丁裏一段目まで、および同一一、一二段目まで、七丁裏二段目から六段目の「考えられる。」までならびに別紙目録)を引用する。

(二)  原審判挙示の証拠に、大分地方裁判所の抗告人宛の通知書、抗告人の安田洋次郎宛の借用証書、抗告人および相手方の審尋の結果を総合すれば、つぎの事実を認めることができる。

イ  原審判別紙目録記載の3、4の畑については昭和四七年五月一二日大分市農業協同組合を抵当権者とする債権額一三〇万円の抵当権が設定されている外、同目録1、5の土地、建物については、すでに抵当権者大分県信用保証協会および安田洋次郎が抵当権の実行に着手しており、遠からず競落により抗告人はその所有権を喪失することになるものと思われる。

ロ  抗告人は相手方と離婚後約二年間は従前どおり大分市大字○○○の××場に残り××業に従事していたが、一人では思うに任せないことと、右営業の将来も必ずしも明るくないところから、主として奄美地方から「○○○」を仕入れて販売する△△業に転業したが、努力の甲斐なく、著しく営業不振であり、多額の資金を投下したものの右営業関係の資産は三〇〇万円弱の△△だけになつている上、近い将来営業状態好転の見込みはない。

一方××場には、抗告人留守の間に、長男孝次が入り込んで××業を営んでいるが、同人との折合いが極端に悪いため、抗告人としては同人に退去を要求したり、共に右営業を続けることはできない状況にあり、同人を避けて旅館等を転々として希望のない生活を送つている。

ハ  抗告人は離婚後さきに認定したように不動産を売却したり、これを担保に借り入れたりして約七、二〇〇万円を得た外、預金等八〇万円を払い戻したが、一方離婚前からのものも含む債務を約二、二〇〇万円返済し、不動産の譲渡所得税等約一、四一〇万円を賦課され、その差額はほとんど前記△△業の資金として投下してしまい、手持ちの現金はほとんどない状態である。

ニ  なお、原審判別紙目録8ないし28の土地は一画の土地で時価三〇〇万円位のものであり、同30記の建物は事実上5の建物の一部になつている。

(三)  叙上認定の共同財産の現況、当事者双方の右財産蓄積に対する寄与の程度、現在の生活状態、分与に関する双方の希望その他一切の事情を勘案すると、相手方には財産分与として原審別紙目録29の土地を与えるのを相当と認める。

右土地は現在残つている不動産の中で最も価値の高いものであり、(時価一、八〇〇万円を下らず、前に認定したとおり右土地についての抵当権設定登記は何時でも抹消できる状態になつている。)他に残つているめぼしい不動産は同目録記載の3、4ならびに8ないし28の土地にすぎないところからすれば、右以上の分与を認めるのは相当でない。

六  よつて、これと一部結論を異にする原審判は変更すべく主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 松村利智 裁判官 諸江田鶴雄 森林稔)

参考 原審 大分家 昭四八(家)三七八号 昭五〇・一〇・二九審判

主文

相手方は申立人に対し、財産分与として、別紙目録4および29の各土地を分与し、金七三二万円を支払え。

相手方は申立人に対し、別紙目録4の土地につき、財産分与を原因として所有権移転登記手続をせよ。

理由

申立人は、離婚に伴う財産分与の調停を申立てたが(当庁昭和四七年(家イ)第三六二号)、昭和四八年四月二四日の調停期日において、調停不成立となり、審判に移行した。

関係の戸籍謄本ならびに登記簿謄本、大分市長作成の「昭和四七年分所得及び資産状況について(回答)」と題する昭和四八年八月二二日付の書面、株式会社○○銀行大分支店支店長山田勉から当裁判所宛の昭和四八年九月一八日付および昭和五〇年五月八日付報告書、大分市農業協同組合作成の昭和四八年九月二一日付証明書、××信用金庫南大分支店から当裁判所宛の昭和四八年九月二六日付および昭和四九年一二月一八日付報告書、株式会社××市○○○○事業団から当裁判所宛の昭和四九年一二月一〇日付回答書、△△産業株式会社から当裁判所宛の昭和四九年一二月一六日付回答書、大分市長から当裁判所に対する昭和五〇年六月二四日付回答書、家庭裁判所調査官岩崎正一(昭和四九年三月一日付)、同吉井建之(昭和五〇年六月二六日付、同年九月三〇日付、同年一〇月八日付作成の各調査報告書ならびに当裁判所の池尻孝次、安田洋次郎、申立人森本ヨシエ(四回)、相手方池尻喜八(二回)に対する各審問の結果を総合すると下記の事実を認めることができる。

1 申立人と相手方とは、昭和一八年七月三日、北支において結婚した。当時相手方は二八歳で△△交通○○列車段助役をしており、申立人は二一歳であつた。申立人と相手方との間には、昭和一九年六月一〇日に長女俊子が、昭和二一年一一月二五日に長男孝次が、昭和二五年一一月五日に二男勇二が出生した。

申立人および相手方は昭和二一年三月三〇日本邦に引揚げ、相手方はしばらく大分駅々手をしていたが、昭和二二年頃からは、大分で仕入れたザルや畳表などを相手方の郷里である埼玉県に運んで売りさばき、埼玉で仕入れた銘仙を大分に持つてきて売りさばくなどしていた。

昭和二六年頃、相手方が遺産相続の関係で得た現金や商売で得た金などで、申立人の母親が借りていた大分市○○×××番地畑四〇坪を買入れ、同土地上に申立人名義で住居を建築した。その頃から、相手方は大分から東京へ△△を出荷して販売することを始めたが、申立人は△△の貨車積込みなどを手伝つたりした。相手方は、昭和二九年頃、△△販売業をやめ、上記住居を×××店舗に改築して、○○、○○、○○、○○○、○○などの小売業を始め、昭和三八年頃までその営業を続けたが、その間申立人は店に出て中心になつて働き、店員を三、四名使つて商売は繁昌した。そして、その間に、相手方名義で近所の土地一二〇坪位を購入した。

相手方は、昭和三八年になつてから、上記×××小売業を廃業し、××業に転向したが、そのため、上記×××店の土地建物を一三〇万円で、上記一二〇坪位の土地を一二〇万円でそれぞれ売却し、その売却代金で、別紙目録1および29の土地(1の土地は相手方名義、29の土地は申立人名義)を購入し、上記各土地上に×××を作り、上記1の土地上に別紙目録5の住居(相手方名義)を建築した。なお、その頃、上記売却代金で字△△の土地二反位を購入した(購入価格約八〇万円)。

上記××業の業績は順調に伸び、年間売上げが六〇〇万円位に達するようになつたが、その間、申立人は××の手伝や×の販売に従事し、特に販売面においてはかなりの実績をあげた。

相手方は、昭和四二年頃、別紙目録2の土地(購入価額二〇〇万円)および○○○付近にある約四反の土地(別紙目録3・4の土地を含む。)を購入し、その後、上記○○○付近の約四反の土地(ただし、上記3・4の土地を除く。)を△△土地株式会社に転売し、約一二〇万円の利益を得た。なお、上記○○○付近の土地の買入れに際しては、申立人も奔走した。

相手方は、昭和四三年頃、×××株式会社に対し、前記字××の土地を一、〇〇〇万円で売却し、昭和四四年四月頃、別紙目録6・7の土地を一、四〇〇万円余りで買入たが、同買入れ資金は、上記売却代金一、〇〇〇万円および××信用金庫から借入れた一、〇〇〇万円のなかから充てられた。

2 ところで、申立人と相手方とは、昭和四七年九月四日、協議離婚をしたものであるが、両名が結婚中は、相手方の性格がやや短気であり、かつ申立人に対して思いやりに欠けた言動が多かつたので、両名の間は必ずしも円満ではなかつた。そして、たまたま昭和四七年六月頃、相手方が外出先から一時帰宅したところ、申立人が中村義男(当時五四歳位)と一緒に部屋に居たのを発見し、これをとらえて、相手方は、申立人が不貞を働いたものとして激しく非難し、そのため、申立人は同年七月一日から実家に帰つて相手方と別居し、同年九月四日離婚に至つたものである。

そして、申立人と相手方が上記別居をした当時、両名が所有していた不動産の明細は、別紙目録記載のとおりであり、このうち1ないし28の土地建物は相手方の所有名義に、29の土地は申立人の所有名義になつており、30の建物は未登記であつた。なお、当時、これらの土地、建物について設定されていた抵当権の内容は、別紙目録記載のとおりであつた。

3 つぎに相手方が、離婚後に行なつた財産の処分状況をみると、下記のとおりである。

一 昭和四七年一〇月一八日、原田常夫との間で、同人所有の○○○二二五畑九五平方メートルと別紙目録3の土地とを交換した。

二 昭和四八年六月六日、別紙目録2の土地に設定されていた債権額二〇〇万円の抵当権を抹消したうえ、同年九月一一日にこれを△△産業株式会社に対し金八五〇万円で売却した。

三 昭和四九年一二月一〇日、別紙目録6・7の土地を××市に五、一二一万八五二円で売却した。

なお、相手方は、同年一月から同年一二月までの間前後四回にわたり、上記6・7の土地を担保にして、××市○○○○事業団から合計四、八〇〇万円の金員を借受けていたので、上記売却代金のうち四、八九九万円(うち九九万円は貸付手数料)は上記事業団に対する債務の返済に充てられた。

四 昭和四九年一一月一五日、別紙目録1・5の土地建物に設定されていた債権額一、〇〇〇万円の抵当権を抹消したが、同日付で大分県信用保証協会のため極度額四二〇万円の根抵当権を設定したほか(これは、相手方が昭和四九年一一月二一日上記保証協会の保証のもとに××信用金庫から三五〇万円を借入れたため、同保証協会の求償権を担保するために設定されたものである。)同土地建物については、同年三月二九日付で債権者安田ミヤ(債権額五〇〇万円)、同年八月六日付で債権者安田洋次郎(債権額八五〇万円)のため抵当権設定登記をした(これは、相手方が昭和四九年三月二八日から同年六月二八日までの間三回にわたつて安田洋次郎から計八五〇万円を借入れた債務を担保するために設定されたものである。)。

なお、申立人所有名義の別紙目録29の土地は、上記1・5の土地建物とともに、上記一、〇〇〇万円の共同担保になつていたものであるが、これに対する債権額一、〇〇〇万円の抵当権設定登記はいつでも抹消しうる状態になつている。

五 昭和四九年九月二一日、前記安田洋次郎に対する八五〇万円の債務を担保するため、別紙目録8ないし28の土地について抵当権設定登記および条件付所有権移転仮登記をした。

4 相手方は、申立人と離婚後、奄美大島から「○○○」などを大量に仕入れ、××の売買をしているようであるが、その住居は転々として不明である。そして、安田洋次郎に対する前記借入債務の元利合計額は昭和四九年一二月二〇日現在において七〇〇万円余りになつていたが、相手方は、その後の支払を全く怠つているので利息は更に増加している。また、相手方は前記××信用金庫に対する三五〇万円の返済を怠つたため、前記信用保証協会が代位弁済し、同協会は、近く相手方に対する求償債権を満足させるため、別紙目録1・5の土地建物に設定してある抵当権を実行する段取りになつている。

申立人は、相手方と離婚後、母親のもとに居住し、△△生命の保険外交員として働き、現在月収一〇万円位を得ている。

5 そこで、以上の事実をふまえ、さらに本件各財産の現況その他諸般の事情を考慮して財産分与の方法について検討することとする。

一 まず、別紙目録1と29の土地は、面積が等しく、いずれも同形の細長い土地で隣接しており、同1の土地のほぼ半分と同29の土地の大半は×××になつており、同1の土地上に別紙目録5および30の建物が存在している。そして、同目録1および5の土地建物については、前記のように、相手方が離婚後に借入れた債務のため、抵当権が設定されており、近く抵当権の実行がなされるような状況である。よつて、まず、別紙目録1・5・29・30の土地建物の関係については、同1・5および30の土地建物を相手方のものとし、同29の土地を申立人に与えることとする(同土地は、申立人の所有名義になつているが、相手方にはその所有権を争う意思があるようにうかがえるので、本件において、同土地を申立人に分与することを明らかにすることとする。)。

なお、上記29の土地について婚姻中に設定されていた債権額一、〇〇〇万円の抵当権については、申立人と相手方が離婚後、相手方において、債務を弁済し、これを抹消しうる状態にしたものであるから、この点は後に考慮する。

二  別紙目録2の土地は、相手方が離婚後債権額二〇〇万円の抵当権を抹消したうえ、八五〇万円で売却しているので、一応八五〇万円から二〇〇万円を差引いた残りの六五〇万円について、後に分与額を検討する。

三 別紙目録3・4の土地は、近接した場所にあり、地目も同じで、面積もほぼ同じであつたが(同4の土地が二四平方メートル広い。)、相手方は、前記のように、同3の土地を交換に供しているので、申立人には同4の土地を与えることとする。なお同4の土地の方が二四平方メートル広いことについては後に考慮する。

四 別紙目録6・7は、前記のような取得の経緯からして、当然分与の対象として考えなければならなかつたものであるが、相手方は離婚後これを××市に五、一二一万八五二円で売却し、同額の利益を保有したことになるので、同金額について分与額を検討しなければならない。そして、上記土地の買入価額を一、四〇〇万円とし、相手方が、その買入資金として××信用金庫から借入れた一、〇〇〇万円を全額返済したものとして(同借金の返済については、前記××業から生じた利益金も充てられていたので、上記返済について申立人の貢献度が全くなかつたわけではないが、ここでは一応無視する。)。上記五、一二一万八五二円の約一、四〇〇分の四〇〇に相当する一、四六三万円について、後に分与額を検討することにする。

五 別紙物件目録8ないし28の土地は、相手方が離婚の一年半ほど前に購入したものであり、山と山に囲まれた谷の部分にあつて、全部で時価三〇〇万円位のものである。そして、申立人は、その買入れについてはあまり関与していないので、上記各土地については分与を考慮しない。

六 申立人と相手方が別居した当時、相手方は○○銀行大分支店に定期預金、定期積金などを約四〇万円、△△農協に出資金、貯金などを約六万円、××信用金庫南大分支店に定期預金、定期積金などを約三七万円有していたが、その後全部払出されており、同人が費消したものと考えられる。しかし、上記預金などは、いずれも申立人および相手方らが婚姻中に得たものであるから、その合計額八三万円について、分与額を検討しなければならない。

七 そこで、前記二記載の六五〇万円、同四記載の一、四六三万円および同六記載の八三万円の合計額二、一九六万円について、申立人に対する分与額を検討するに、以上述べてきた諸般の事情を考慮した結果、その三分の一に相当する七三二万円を申立人に与えるのが相当であると考える。

以上により、申立人に対しては、申立人と相手方とが婚姻中に協力して得た財産を清算する意味で、別紙目録4および29の各土地を与え、かつ相手方から申立人に対し七三二万円を支払わせることとし、参与員山本邦子の意見をきいたうえ、主文のとおり審判する。

(家事審判官 高橋正)

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